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広島高等裁判所岡山支部 昭和47年(う)165号 判決 1973年12月04日

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮一〇月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

原審および当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

<前略>所論は要するに、被告人が倉敷駅前広場に左折進入しようとするにあたり、横断歩道および付近の歩行者に注意すべきを怠つた過失により、横断歩道を歩行北進していた被害者ら四名に気づかず、自車を右四名に衝突させ、うち一名を轢過して死亡させ、ほか三名に傷害を与えたとの公訴事実に対し、被告人は本件横断歩道付近を左折進行するに際し、注意義務を尽くしていたとして被告人に無罪を言渡した原判決には事実の誤認があり、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない、というのである。

そこで、記録を精査し、当審における事実取調べの結果を合わせ考えると、被告人が昭和四五年二月五日午後二時三二分ころ、定期便大型乗用自動車(日野四〇年式、乗車定員七三名、ワンマンカー、以下「大型バス」と略称する。)を運転して倉敷市昭和町二丁目バスセンター広場から発進し、北西に進行したのち、同町阿知一丁目国鉄倉敷駅前広場に時速約五キロメートルで進入し、左折西進しようとした際、同駅に向つて南北に通ずる横断歩道上において、南から北に向つて歩行していた水川礼子外三名に自車を衝突させ、その結果一名を死亡させ、三名に傷害を与えたことが認められる。

原判決は、被告人には検察官主張のような横断歩道およびその付近の歩行者に対する注意義務違反はない、被告人はバスセンター広場から北西に進行し、駅前広場に左折進入するに際し、横断歩道上に歩行者がいないことを確認して進行しており、本件大型バスが左折を開始したころ、横断歩道上に被害者らが進出した場合には、大型バスの左側方ないし左前方に接近することとなり、運転席に坐つている被告人から見て左前方に生ずる死角に入ることとなつたことが考えられ、かかる歩行者らをフロントアンダーミラーを通じ確認したり、昇降口を開きあるいは昇降口のガラスを透視して確認するまでの業務上の注意義務はないから、本件事故につき被告人に責任はない、とするのであるが、本件においては、以下に述べるとおり、被告人にとつて本件事故の発生は客観的にも主観的にも予見可能であり、かつ結果の発生を回避することができたと認められるので、被告人に過失責任がないとすることはできないものと考える。

すなわち、本件事故現場は、原判決が摘示するとおり国鉄山陽本線倉敷駅前広場の東南隅付近であるところ、同駅舎はほぼ東西に建つて南面しており、駅前広場をはさんで右駅舎に向い合つて店舗が建ち並び、この店舗沿いに幅二、五メートルの歩道が東西に走り、その歩道東端附近と、駅出口とを南北に結ぶ幅三、六メートルの横断歩道(以下本件横断歩道という。)があり、さらに駅前広場の東南隅付近には南方のバスセンター広場に通じバスを除く諸車の通行が禁止されている幅員四、七メートルの道路があるところ、被告人は前叙のとおり右道路をバスセンター広場から進行して来て駅前広場に入り、左折西進しようとして横断歩道を歩行中の水川礼子らと接触するに至つたものであるが、右駅前広場附近は車両や歩行者の往来が極めて頻繁な場所であつて、殊に本件横断歩道は、駅前広場東寄り付近では駅と商店街を結ぶ唯一のものであるため、横断歩行者が特に多いことが認められ、このことは同所を常時通行する路線バスの運転者であつた被告人において熟知していたことであつたから、バスセンター広場から北西に進行し、駅前広場に進入しようとした被告人としては、本件横断歩道を通行している歩行者ないしは横断歩道に接する歩道上から駅舎の方に向け横断歩道を通行しようとする歩行者らのあることが当然予想しうる状況にあつたと認められるのである。

そして、本件大型バスの左前方および左側方には相当な範囲の死角があると認められることは原判決説示のとおりであるが、しかし、大型バスが駅前広場に向け進行して来て、左折を開始する直前においては、本件横断歩道南端附近およびこれに接する歩道付近に佇立する人があれば、右死角にかかわりなく、運転席から左前方を注視することによつてこれらの人を直接肉眠にて確認できる状況にあつたことも原判決認定のとおりであるから、前記のような歩行者のあることが予想される状況のもとでは、大型バスの運転者たる被告人としては、駅前広場への進入の直前において、本件横断歩道南端付近およびこれに接する歩道付近の歩行者の有無を確認のうえ、もし歩行者があるときはその行動に留意し、左折進行しながらも引続き注意を怠らず、接触事故等不測の事態を招来しないように十分安全を確認しつつ進行すべき業務上の注意義務があるというべきである。そして、被告人において右の注意義務を尽くしていたならば、本件被害者らは歩道を東進して来て本件横断歩道を南から北に通行しようとしていたのであるから(被害者らが歩道から横断歩道上に飛び出したと認めるに足る証拠はなく、かえつて、松本淳子は当時一歳の次男を背負い、三歳の長男を歩かせて歩行していたから、むしろ緩慢な動作しかとりえなかつたのではないかとさえ推測される。)これを早期に発見することができ、結果発生を回避する処置をとりえたものと認められるのであるから、結局被告人に過失責任があるというべきである。

されば、本件事故につき被告人に過失責任がないとして無罪を言渡した原判決は、事実を誤認したものというほかなく、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い、当裁判所においてつぎのとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、自動車運転手であつたところ、昭和四五年二月五日午後二時三二分ごろ、定期便大型乗合自動車(乗車定員七三名)を運転して倉敷市昭和町二丁目バスセンター広場より北西へ幅員約4.7メートルの道路を進行し、同市阿知一丁目国鉄倉敷駅前広場へ入り左折しようとしたが、同駅に向う南北に通ずる横断歩道上を左折しながら進行するのであり、歩行者が多い場所であるから運転者としては横断歩道および付近の歩行者に注意し、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、折から該横断歩道を南から北に向い歩行していた水川礼子(当時三二歳)、二男勝己(当時一歳)を背に負つた松本淳子(当時二四歳)とその長男秀男(当時三歳)に気付かず、漫然時速五キロメートルで左折した過失により、自車前部を右四名に衝突させ、四名を路上に転倒せしめて進行し右松本秀男を右後輪で轢過し、よつて同人に対し右大腿骨々折、骨盤骨折、仙骨々折、骨盤腔内血腫、直腸断裂滅創、右股関節脱臼、出血性ショック等の重傷を負わせ、その結果翌六日午前四時四〇分同人を同市鶴形一丁目三番二八号松田病院において死亡するに至らせ、右松本勝己に対し加療約一ケ月間を要する左頭頂骨線状骨折、左側頭骨骨折等の傷害を、右松本淳子に対し、加療約二週間を要する頭部打撲症、右肘両膝関節部挫創等の傷害を、右水川礼子に対し加療約一〇日間を要する腰部右臀部打撲、左下腿足背打撲擦過傷等の傷害をそれぞれ負わせたものである。

(証拠の標目)省略

(法令の適用)省略

よつて、主文のとおり判決する。

(干場義秋 谷口貞 大野孝英)

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